コスプレとかスーパーフラットとかの話

衣装代負担云々って当事者同士が同意してれば別にいいんじゃないカナー。
あー…いやTwitterで売り子やるから衣装代払えよ
みたいなツイートが話題になってるらしいですが、
(※ごめんなさい、うわさで聞いただけでこの発言自体に問題がある気がしないので調べてないです。)

企業は別としてサークルの売り子は写真も撮られないし
接客色強いから対価を要求する気持ちもわかるし、
大手~人気サークルさんの列整理とか売り上げの管理してくれるんなら
もしかしたらその価値もあるとは個人的には思うかな。

最近、そういうお金出す出さないの話とか、
リゼカップ(賞金制のスポンサー付きコスプレ大会)の話を聞いて
ピリピリしてる空気にふれて感じるのは、
例えば「カワイイがコスプレの優劣を決めてる」とか
「同人文化に資本(金銭)が絡む事への嫌悪」ってのは
僕にも想像できる。

作品愛うんぬんも賞金うんぬんも
言いたいことはすっごくよく分かるんだけど、
細部へのこだわりは細部を知ってる人にしか上手く伝えられないから
間主観として今日の日本で成立している「カワイイ」という概念に比べ、
こういう【お祭りごと】で主張するには適してないと思うかな。

完全な数値化・客観化できないって部分は他のミスコンと同じだし、
大会という性質上広く共感を得られる結果にしたいという気持ちは理解できる。
こういうミスコンの在り方自体への言及、
例えばそもそもなんでミスコンって水着審査があるのって所から話すのは
文字数ヤバいので割愛するけど、

純粋なコスプレを守りたいが為のこういう
【お祭りごと】自体への嫌悪感は理解できる。
この感情をコスプレの『純粋さへの追及』と題して、
こういう大会自体の意義とか
コスプレにお金が絡む事への嫌悪とかいう話をしたいと思うんだけど、
その前に話を少し脱線させたいんですが、

戦後の日本文化の魅力って資本主義しか信じれるものがなくなった日本人が
生み出した消費文化独特の空虚感が、
額縁に飾るのではなく芸術を茶器や屏風などの生活に関連付けてきた
元々の文化とミックスされたものだと思うんですよね。

アメリカのスターウォーズの試写会に登場するストームトルーパーとかの
コスチュームプレイよりも、
「今期のアニメなにが好き!併せようぜ!!」みたいな感じの
コスプレの方が日本の文化って感じがするんだよね?
…僕だけかな?、いやコスチュームプレイかっこいいと思うよ!!

よく日本のコスプレ文化は消費的だって揶揄する人がいるけど、
むしろ僕はこの消費文化と絡まった一期一会感とか
虚無感が海外のコスチュームプレイでは珍しい
日本のコスプレの特長・考え方なのかなと思ってて、
今日の日本のコスプレ文化の礎になってるし、大切にしてもいいと思ってる。

閑話休題。

「広く共感を求めていくこと」が悪い事だとは僕は思わないし、
なによりこの国は現状資本主義国家なんだから
お金を全く絡まないって状態の方が異常状態であって、
その『純粋さ』を期待するのはちょっと無理があるんじゃないかって思うし
それだけじゃもったいないと思うよ。

こういう『純粋さへの追及』みたいな
ファインアートとしての側面の追求もいいと思うんだけど、
僕は日本のコスプレ文化の消費的な面もあわせて大切にしていきたいなって思う。
一言で言うと
「細かい事に目くじら立てないで、大会もコミケもお祭りなんだから楽しもうぜ!」
って主張。

コスプレにお金が絡んでいること…例えばスポンサーによって
大なり小なりあるかもしれないイメージダウンが気にならない訳ではないけどね。
まぁ、美容整形業界とか美容業界とかパチンコ業界の方で
この承認要求の権化みたいな集団に目をつけた人はなかなか頭いいヤツだなとは思う。

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