OTAKUSUMMITシンポジウム「オタク新世紀宣言」を聞いてきたよ

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日曜日はコミケットスペシャル6、“OTAKU SUMMIT”に行ってきました。
…と言っても土曜日お酒弱いにもかかわらず飲み会の後にクラブ行って
アルコール度数70%位の酒を何度も乾杯して当日しばらく動けなかったので
14時過ぎに到着の超重役出勤でしたが。

という訳で今回はコスプレはスルー、展示をさーっとみて
メインはコミケットスペシャル(オタクサミット)のグランドフィナーレイベント、
OTAKUSUMMITシンポジウム「オタク新世紀宣言」』を聞いてきたので
今回はその辺のお話を中心に。

OTAKUSUMMITシンポジウム「オタク新世紀宣言」

結論から言うと、これだけの為に来てもよかった位興味深い話でした。
オタク新世紀宣言」はオタクを通して世界の相互理解を深めていこうという趣旨の宣言。
書いてる人はコスプレイヤーなのでコスプレ絡めて話したいと思います。

世界のオタクイベントの独自発展

まずはシンポジウムではまずはイタリアとブラジルのオタクイベンターの方の話を聞きながら、
世界のオタクイベントの現状についてのお話。

印象に残ったのは世界のオタクイベントとオタク達の熱さ
何故こんなにもオタクイベントがイタリアで人気が出ている理由は何ですかという質問があって、
それに対するイタリアのオタクイベンターの方の回答。
通訳の方は「距離が遠いのにも関わらず人気が出ている。」というような訳をしたと思うけど、
恐らくその訳は間違ってないのだけど「関わらず」っていうのはニュアンス少し違ってて、
正確には「その距離の遠さも理由のひとつだ」と彼女は言いたかったんだろうと思います。

ここで何を言いたいかというと世界のオタクは熱いという事。
お話に合ったように翻訳が無ければ自分で翻訳するし、
「先輩後輩」っていう社会的概念が分からないければ自分で調べる。
地理的・もしくは文化的に距離が遠くてもそれが楽しみの一つになるくらい熱い人たちなんだと思います。
未だカウンターカルチャーであるからこそのハングリー精神とかたくましさが、
世界のオタクイベントにはあるような気がしました。

そんで、次項はこれにコスプレの話を絡めます。

オタク新世紀宣言:コスプレはどうなの?

まだ生まれてないのであんまりにわかの知識で語る訳にもいかないのだけど、
1982年の「アニメ新世紀宣言」は作り手とファンが共鳴をするという趣旨の宣言。
そして今回の「オタク新世紀宣言」が作り手とファンと、世界中のファンが共鳴し相互理解を進めていこうという趣旨の宣言だと、僕は理解しました。

じゃあその「オタク新世紀宣言」に対して日本のコスプレはどーなのよ?…って話。
ひとりのエンジョイ勢な底辺コスプレイヤーから言わせてもらえれば、
殊コスプレに関しては、その段階に達するにはまだまだ相当な努力が必要な気がします。

現状コスプレコミュニティには作品にはないカップリングやストーリーのコスプレ写真。
いわゆる「ねつ造写真」をとる事への批判だとかがあったり、
他にもキャラクターのイメージを損なうコスプレ、
例えば気持ち悪い女装を拒絶するイベントやイベンターがあります。

[関連記事:奈良ものがたり観光実行委員会イベントの差別的な対応に疑問]

彼らの気持ちが全く理解できないというつもりはないけれど、
もう少し発信者と我々ファンが共鳴し合ってもいいんじゃないかなと思いました。

「アニメ・ゲーム」をそのまま、自分で考えもせずに受け入れて、
イベンターの作るルールに対しても何も考えずに回れ右。

もちろん僕も原作者は神だと思ってますが、
それでも日本のコスプレってその辺がどうも閉塞感が漂ってるっていうか、
どうも「作り手」と「受け手」の主従関係が凝り固まってしまっている。
これが完全に悪い事とは思わないけど同人的な相互理解が進んでいない気がするし、
ファンが一方的に何も考えずに思考停止で作品を消費するという「アニメ新世紀宣言」以前の考え方のような気がします。

コスプレを同人文化として捉えて言えば、
1982年の「アニメ新世紀宣言」以前のレベルのような気がしてならないわけなのですよ。

コスプレをしている人って若い人たちが多くて、
彼らにとってもうアニメ・漫画はカウンターカルチャーじゃないんですよね。

僕らが中高生の頃でさえもう既にクラスの半分はオタクだったし、
今の中学校のお昼の給食放送でかかるのは半分くらいボカロ曲、
朝の読書時間に読んでる本はは「僕の頭の上に電球が灯った」みたいな
マンガ的な表現が使われてるライトノベルばっかり。
塾の先生をしてた頃の生徒はオタクしかいなかったですよ。

レイヤーの中ではすっかりオッサンどころかお爺さん枠の僕だって1982年は生まれてない。
アニメ新世紀宣言」を知らない自らの無理を白状させて頂くと、
未だ【表現の自由】とか【同人】に対して知識が少なく、あまり考えてない。
別にそんなこと考えなくてもする取れる場所にアニメもゲームも漫画もあるんですよ。

つまりこの宣言の趣旨である、
“作り手”と”ファン”と“ファン”の間に網の目のようなネットワークと相互理解を築こうという以前に
僕ら若い世代は”作り手”と”自身”の間のネットワークさえ脆弱で、それはただの一方的な主従関係で終わってしまってるし、僕らにとってオタク文化は一生懸命移動したり翻訳したり調べなくても手に入れるもので、
その世界は常に飽食で世界の熱いオタクたちのようにハングリー精神を産み出すキッカケやエネルギーにはならないんですよね。

そんな飽食の世界には表現の自由とか同人に対して、
オタク文化が成熟し脱カウンターカルチャー化してしまった日本だからこそ抱える問題があって、
「オタク新世紀宣言」に伴って新しく発足したIOEAのリーダー気取りでいたら
あっという間に日本のオタク文化は衰退してしまうかもしれないですね。

最後に:今回一番共感したこと。ガン○ムだって呼べる。

「オタクが集まれば世界平和だって出来る。」っていうのは実は僕も結構常々思ってて、
世界が危機に瀕したときもオタクがその場所に集まってればロボット呼べるんじゃね?
…とか割と本気で思ってる。

オタクコスプレは本当に人と人との相互理解を進める大きな力になると思ってます。

おわり。

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